2015年7月25日土曜日

皆さんにインタビュー 201507-① 渡辺酒造店六代目渡辺吉樹さん

※以下、振興協議会ニュース2015年0725号の追加版記事の内容を掲載しています。

インタビュー①
渡辺吉樹さん
素材へのこだわり(根知谷産100%の酒米、水)、米収穫年や産地のラベル明記、自社栽培。次々と新しい試みを続ける渡辺酒造店六代目の渡辺吉樹さんにお話しを伺いました。
---まず、「これだけは言いたい」ということをお願いします。
一番大事なことは根知に住む一人ひとりが「自分が何をしたいのか」「ここでずっと暮らしたいのか」「子供にはどうしてほしいのか」を考え明らかにすること。
今の地方の課題は、行政がなにかやって解決する問題ではない。
根知全体を考えて行動する人が増えていくこと。例えば根知地区全体を一つの会社としてみてみると、今の根知に必要なことが見えてくるかもしれない。
重要なのは日々の生活での実感、満足感。突き詰めていくと、一人ひとりがまずはどうなっていたいのか。それが実現するためには集落はどうなっている必要があるのか。集落がそうなるためには根知はどうなっている必要があるのか。
昔はみんなつながっていた。田んぼの維持、用水の管理、地域と個人の利害が一致していた。現在は「金」があれば「つながり」「めんどう」をしなくてよくなった。表面的には個人主義でやれるように見える。だけど、本当は現在もつながっている。自分が本当にやりたいことを追求していくとすべてに繋がっていく。

---渡辺さんご自身はどうされたいのですか。
私はここでやりたいことをやっていきたい。ここでずっと暮らしたい。「ここ、根知にいたい」という人達みんなで意識がまとまれば何でもできると思う。そして心の底では「ここで」という人が多いような気がする。だって根知は宝の山。眠っているだけ。金だけ考えれば東京には勝てないけれど、他の面から考えれば、根知はもっとずっと魅力的にできる。
根知には土地、水、山、エネルギーになるものがたくさんある。雪も冷熱として考えるなら活用できる。
根知では「食」はもちろん、「エネルギー」も今の技術ならほぼ自給できる

同時に若者の雇用も大切。機会あるごとに企業経営者の集まりで、若者のための雇用を作ってほしいとお願いしている。高齢者のための福祉も大事だが、若者の雇用がないと、子供が生まれない、若者が帰ってこない。でも単に仕事だけでは難しい。魅力あるここ「根知」の生活の中での「持続可能な仕事」が必要。
根知、なるべくここで完結できるしくみを目指すこと。そうすれば本当に日々の生活での実感が湧いて来るし、私の場合は社員の生活も保障できると思っている。

もう一つの大事なことは「世代の継承」。ベテランから若手への知識、ノウハウ、歴史の引き継ぎ
70代以降の方々は一番物事、知識、歴史、地域のなりたちを知っている世代。
60、50、40、30代それぞれ違う。断絶があるが、まずは70代からの下の世代への引き継ぎがすぐにでも必要。

新潟県の酒造は約120社から28年たって90社になった。多くのうまくいっていないところをみると、方向性が間違っていることが多い。
例えば「同じ味を守る」というのがあるが、酒造りは自然相手。毎年ハラハラドキドキで同じことがない世界。それを同じ味といっても、本質的に違うのだと思う。お客様も、10年、20年単位でみると嗜好の変化が出てくる。
また、酒造りの手法、理論は江戸時代に完成しているが、その当時は物流が船中心であり、良質の材料が入りやすい京都伏見などが酒造りの中心であった。それ以外の地方酒蔵は地元の米を使っていた。それが現在は交通網が発達し全国どこの材料も使えるようになり、集中化、効率化、大量生産の流れがあり、機械も技術力も発達している。
こういう酒造りの歴史、社会の状況の推移からも、世代・歴史の継承の大切さがわかる。

---アメリカやイギリス、諸外国との交流が多い中で、日本と諸外国の違いをなにか感じますか
本当に大きな違いを感じるのは取材での質問。外国人は質問攻め、これは徹底している。
日本では聞くのは恥ずかしいという想いがある。また人に聞くスキルを鍛える機会も少ない。
欧米人はわからないことは何でもきく。本当に驚くような基本的な質問も臆せずしてくる。

---渡辺社長の活動の原動力は何でしょうか。どうしてこれほど突き進めるのでしょうか?
一言でいうと「やりたいから」。楽しい!面白い!そういうことが死ぬ直前まであることが幸せではないか。
私の場合は「いい酒をつくりたい」それだけだった。若い頃は目標とする酒蔵がいくつかあった。そこを目指して、どうしたらそうなれるか、追いつけるか・・・寝ないで試行錯誤の毎日だった。その過程で気づきがあり、見えてくるものがあった。酒米でいえば、山田錦ではなく五百万石。良い米を作るなら自分たちで作る。そういう方向に途中で気づき、その都度実行していった。
そして後悔をしたくない。ここであきらめたら後悔するだろうな、と思ったら、やることにしている。
周囲からは「よくそんな冒険できるね」と言われるが、自分としては逆に「これをしないと危ない」という確信から、冒険をしたくないから行動している。自分は危ないところには行きたくない。実はそれだけ。行動し続け40歳過ぎたころには、それなりに見えるようになってきた。他の人も絶対見えているはずだけど、見えないふり、見ないふりをしている人もいるのではないか。そして、70代以降の上の世代の方々はもっとずっと見えているはず。それを下の世代に継承していってほしい

---これからについて
根知の人口が1,000人から将来500人になってもいずれまた1000人になるかもしれない。そのための基盤づくり。持続可能な地域の基盤づくりがしたい。これからどうなるかわからないから「やらな
い」のではなく、わからないからこそ将来のための基盤づくりが必要だと思っている。

-----以上-----
※ほぼ2時間続いたインタビュー。繰り返し何度も「『自分が何をしたいのか』これが一番大事なんだ」とおっしゃっておられたのが印象的でした。根知地区の事だけでなく、人の生き方についても示唆に富んだ非常に濃い内容のお話しでした。ありがとうございました。

聞き手:集落支援員(近藤)

※集落取材やインタビューについてのご意見をいただければ幸いです。事務局(公民館内)まで。

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